美人画のご紹介:英泉&英山の縦美人

美人画とは?

「浮世絵の美人画」と聞くと、美術館の壁に飾られている高尚でどこか堅苦しいアートを想像するかもしれません。しかし、江戸時代の人々にとっての美人画はまったく異なる存在でした。

一言で言えば、当時の美人画は「最新のファッション誌」であり「アイドルのブロマイド」だったのです。

描かれたのは架空の美女ばかりではありません。当時のリアルなトレンドセッター、例えば江戸の町で話題の「看板娘」や、吉原の「最高位の花魁(おいらん)」たちが真のスターでした。江戸の女性たちは、「いまどんな着物の柄が流行っているの?」「流行りの髪型は?」と、最新のトレンドを追うためのメディアとして美人画を夢中でチェックしていたのです。

浮世絵における「美」の変遷

浮世絵の歴史を通じて、美人の定義や理想像は時代とともに大きく変化しました。

  • 江戸初期〜中期: 鈴木春信らが描いた、華奢で可憐、折れてしまいそうな人形のような儚い美人が主流。

  • 江戸後期(黄金期): 喜多川歌麿らが描いた、スラリと背が高く、成熟した大人の色香が漂う洗練された美人が一世を風靡。

歌麿の死後、江戸の町は「次の美のトレンド」を模索し始めます。そんな中に彗星のごとく現れ、新たなブームを巻き起こしたのが菊川英山(きくかわ えいざん)渓斎英泉(けいさい えいせん)の二人でした。江戸後期のストリートカルチャーを牽引したこの二人の巨匠を詳しく見ていきましょう。

菊川英山について

英山が育ったのは、「美人画と言えば歌麿」という時代でした。しかし1806年、歌麿が突如としてこの世を去ります。これが英山のキャリアにおける最大の転機となりました。もともと歌麿風のスタイルで描いていた英山の画風は歌麿によく似ていたため、人々から歌麿の「後継者」と見なされ、美人画や挿絵で一気に人気を博していきました。

しかし、英山の真の功績は、浮世絵の表現の幅を大きく広げた点にあります。

  • 掛物絵(かけものえ)ブームの創出: 天保年間に大ブームとなった、縦に2枚の紙をつなぎ合わせた長大な「掛物絵」を生み出しました。その力強く圧倒的な美しさは大人気となり、他の絵師たちもこぞって真似をしました。

  • 「6頭身」のリアルなスタイル: 当時は極端にスラリとした「12頭身」に近いスタイルが流行していましたが、英山は親しみやすい「6頭身」の愛らしい美女を描きました。江戸の人々はこの甘く可憐で親しみやすい姿に熱狂したのです。

菊川派の祖として大成功を収めた英山でしたが、弟子の英泉の登場によって運命が一変します。皮肉にも弟子の英泉が圧倒的な人気を獲得したことで、英山は次第に仕事を失っていきました。トップ絵師の座を弟子に譲る形となった英山は、晩年を群馬県藤岡市で過ごしました。

渓斎英泉について

英泉は12歳で狩野派の画家・狩野白珪斎に弟子入りし、絵の基本を学びました。白珪斎は非常に格の高い絵師で、その工房には常に50〜60人もの弟子がひしめき合っていたと言われます。

17歳で歌舞伎の舞台美術の修業をし、20歳で浮世絵師・菊川英山に入門して本格的な絵師の道を歩み始めました。近所にはあの葛飾北斎が住んでおり、英泉は北斎の技術も学んだとされます。また、北斎の娘である葛飾応為(おうい)とも深い親交があったと伝えられています。英泉は当初師匠の画風を踏襲していましたが、次第に独自の美意識を確立していきました。

興味深いことに、英泉自身は「絵を描くこと」そのものにはそれほど執着がなかったとする記録が残っています。1829年頃には千住小塚原で「若竹屋」という旅籠(女郎屋)を経営したこともありました(ただし長くは続かず、すぐに売却しています)。

さらに天保の改革(1841〜1843年)による厳重な検閲が浮世絵界を襲い、春画や花魁、歌舞伎役者を描くことが禁止されると、英泉は版画制作から執筆活動へと軸足を移しました。こうした経緯から、英泉にとって絵を描くことは芸術的執着というよりも、生きるための「生業(なりわい)」という側面が強かったと考えられています。

天保の改革が終わり、錦絵が再び活気を取り戻し始めた直後の1848年8月20日、英泉はその生涯を閉じました。

新入荷作品のご紹介

菊川英山

(左:『灯心皿を持つ美人』/ 右:『提灯を持つ美人』)

どちらも英山の代名詞である「6頭身」の可憐なスタイルと、存在感のある大きな瞳が特徴的な作品です。提灯や灯心皿といった日常の小道具が、画面に無邪気さと愛らしさを与えています。200年近く前の作品でありながら非常に良好な状態が保たれており、世代を超えて大切に愛蔵されてきたことが伝わってきます。

渓斎英泉

(『雪中傘持ち美人』)

降りしきる雪の中、傘をさして佇む妖艶な女性を描いた一幅。長めで涼しげな目元、少し離れた目、すっと通った鼻筋、そして特徴的な受け口(下唇が出た表情)など、英泉特有の美人画の魅力が凝縮されています。少し背を丸めたポーズがしなやかで丸みのある女性らしい色香を捉えつつ、どこか儚げで憂いのある情緒を醸し出しています。

 

美人画の世界を体験できる作品の例をここからご覧ください。

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