刺青のご紹介

現代の日本では、刺青に対してネガティブなイメージを持たれる方が少なくありません。実際、明治時代には「野蛮な風習」として法律で禁止されていた歴史もあります。
しかし、江戸時代の庶民にとって、刺青は「悪」や「恐怖」ではなく、「勇ましさや男気を示すもの」として受け止められることもありました。
当時の火消し(消防士)たちは命がけで街を守っており、彼らが火事場で服を脱ぎ、見事な龍の刺青を露わにして戦う姿は、江戸っ子たちの憧れの的だったのです。

そんな浮世絵と刺青の密接な関係を、入手した3点の商品とともに解説してご紹介いたします。

歌川国芳「通俗水滸伝豪傑百八人之一個 九紋龍史進」

江戸時代後期、浮世絵師・歌川国芳(うたがわ くによし)の出世作である『通俗水滸伝豪傑百八人一個』というシリーズが大ヒットしました。

中国の伝奇小説『水滸伝』に登場する英雄たちに、国芳が架空の大胆な刺青を描き加えた作品です。
実は、岩波文庫版の『水滸伝』(吉川幸次郎・清水茂訳)などの原作全篇に目を通してみても、刺青の描写はきわめて少ないです。原作で彫りものを身に背負う豪勇はわずか数人にすぎませんでしたが、国芳はその設定を大胆に膨らませ、十数人にまで刺青を描き広げました。

浮世絵は、絵師が描いた下絵を、木版を彫る「彫師(ほりし)」で完成します。彫師にとって最も技術がいるのは髪の生え際「毛割(けわり)」と言われますが、刺青の波しぶきや龍の鱗を彫るのも、それと同じくらい集中力を要しました。
当時、あまりに細かすぎる国芳の刺青の下絵に対して、彫師たちが「細かすぎて版木が持たない(削れてしまう)」「手間がかかりすぎる!」と悲鳴をあげつつも、職人のプライドで仕上げたと言われています。
技術的にも極致にある国芳の「通俗水滸伝」シリーズは、コレクター人気が非常に高く、現代でも高額で取引される代表作です。

歌川豊国「近世水滸伝 競力富五郎」

先ほどの国芳の『通俗水滸伝』が、想像で派手な刺青を描いたファンタジーのキャラクターであるのに対し、日本の実在したアウトローたちを『水滸伝』の英雄に見立てて描いたのが、この歌川国貞(三代豊国)の『近世水滸伝』シリーズです。

タイトルは「競力富五郎」となっていますが、これは幕末に大暴れした実在の博徒、「勢力富五郎(せいりき とみごろう)」がモデルです。当時は幕府の検閲があったため、名前の漢字を少し変えてカモフラージュし、舞台化や浮世絵化が行われました。

浮世絵の刺青でよく見られる「龍」の図柄は、圧倒的な「強さの象徴」です。職人、火消し、魚屋、そして侠客など、己の身体一つで生きた男気あふれる庶民のヒーローたちに、まさにぴったりのモチーフと言えます。

歌川国貞「極楽寺山門の場」

歌舞伎の伝説的な名場面である「極楽寺山門の場(ごくらくじさんもんのば)」を描いた役者絵です。
山門の屋根の上に現れるのは、白浪五人男の一人、大泥棒の「弁天小僧菊之助(べんてんこぞう きくのすけ)」。彼はもともと美少年の泥棒で、呉服屋に女装して騙しを働くシーンで有名ですが、この場面ではすでに正体がバレて、捕り手に追いつめられています。
死を覚悟した弁天小僧が着物をはだけ、最後のあがきとして大立ち回りを見せるのが、この山門の場最大の見どころです。

そして、はだけた衣服から露わになる刺青。
もちろん、歌舞伎役者が舞台上で身にまとっているのは本物の刺青ではなく、刺青が描かれた舞台衣装「肉襦袢(にくじゅばん)」です。江戸後期から明治時代にかけては、このように舞台上で肉襦袢を着て凄みを見せる役者絵が大量に描かれました。

 

刺青の世界を体験できる作品の例をここからご覧ください。

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